DAYTONA2021
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DAYTONA COMPANY GUIDE 2021■本社全景ロードテストコース(外周550m/全長750m)総合センター(社屋・物流倉庫)太陽光発電施設計測棟(シャーシダイナモ、エンジンベンチ)■沿革●1972年4月、大阪市に2輪車用品の輸出入会社「阿部商事(株)」としてスタート。●ブランド名「デイトナ」の使用開始。●日本で初めてアルミ合金製「セブンスターキャストホイール」の販売を開始。以後バイクメーカーでも純正にアルミホイールを採用。●本社を静岡県磐田市に移転。●アメリカンバイク用のパーツを開発。同時に国内での販売も開始した。●アメリカンパーツの国内マーケット向けの販売部門を創設。●「デイトナカタログ」創刊。以後、とぎれることなく毎年発刊を続ける。 一冊目のデイトナカタログは総ページ数28、掲載商品数307。現在の約1/40のボリュームだった。●スポーツバイク用パーツとしてステアリングダンパー、スタビライザーを開発・販売。 まだ操安性が悪かった当時のバイクに、ステアリングダンパーやスタビライザーは効果的だった。●販売店向けのデイトナ新商品ニュース「DAYTONA LOVE LETTER」創刊。 2021年現在も毎月1回、最新の商品情報を全国の販売店に向けてリリース中。●ブレーキパッド「赤パッド」を発売。純正パッドしか選択できなかった時代、低コスト&高制動力のパッドとして登場。 30年以上経った現在でも、赤パッドはブレーキマーケット内で高いシェアをキープ。●社名を「株式会社デイトナ」に変更。本社を磐田市岩井に移転。開発用の設備も整い、ココから数多くのパーツがリリースされた。 ●「TEAM DAYTONA」として全日本選手権に参戦開始。ライダーはオーストラリア人のスティーブ・ワッツ。●新ブランド「デイトナギヤー」から、バイク用のアクセサリやグッズを発売。●より高精度、高性能な商品をつくるため本社地階にエンジン動力計とシャーダイナモを設備。●バイクの社会的な認知をすすめるため、全国二輪用品連合会(JMCA)が発足し理事会社に就任。●89年の改造部品問題を機に、改造に関する法律を徹底的に検証。アフターパーツの合法・違法が次第にハッキリと。●よりスピーディーなデリバリーが可能なよう、佐川急便に委託して物流センターを設置。●ライダーが安心して改造できるよう、パーツごとの法律判断をカタログに掲載。●チューンナップのテキストとして、車種別のチューンナップカタログを創刊。●ライダーの生の声に接するため、バイク用品の小売事業を目的とした「株式会社ライコランド」を設立。●バイク用品店としては国内最大規模の「ライコランド千葉店」がオープン。 ●4輪マーケットへの進出のため「ディーキャトロ」ブランドを発足。●物流センターを袋井市堀越に移転。 ●日本でも欧米に負けない価格と品質のパーツを提供する「国際価格シリーズ」を発売。●チャンバー、マフラー、パッド等の国際価格商品を続々発売。●全日本ロードレース選手権SUGO大会GP250クラスで、チームデイトナ宮崎敦選手が初優勝。 ●車検制度の見直しによりカスタムマシンが車検OKに。総額1,000万円プレゼントキャンペーンを実施。●完成車の企画・販売として、BSA-SRをイギリスのBSAリーガル社で生産。 ●DAYTONAホームページを開設。●ライコランドの2号店「ライコランド埼玉店」がオープン。●ジャンル毎に良い商品企画ができるよう2輪事業部にグループ制を導入。 ●「デイトナ友の会」を発足させ、バイク盗難補償制度をスタート。 1972(昭和47年)1974(昭和49年)1975(昭和50年)1976(昭和51年)1979(昭和54年)1980(昭和55年)1981(昭和56年)1982(昭和57年)1983(昭和58年)1984(昭和59年)1985(昭和60年)1986(昭和61年)1987(昭和62年)1988(昭和63年)1989(平成元年)1990(平成2年)1991(平成3年)1992(平成4年)1993(平成5年)1994(平成6年)1995(平成7年)1996(平成8年)1997(平成9年)1998(平成10年)1999(平成11年)巻末04

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